なぜ建築学科でマーケティング教育がないのか?デザインとマーケティングの切っても切れない関係性。

2023年10月6日

「デザイン」という名称が学部名や学科名に挿入されるトレンド


近年、私立大学を中心に「建築学科の脱工学部化」が流行している。

2020年、数々の有名建築家を輩出してきた東京都市大学(旧・武蔵工業大学)は、工学部を理工学部に改称すると同時に、同学部に設置していた建築学科と都市工学科を独立させ、「建築都市デザイン学部」を設立。また、2023年、共立女子大学は「建築・デザイン学部」を設置した。さらに、日本女子大学は、現学長で4ある篠原聡子氏やプリツカー賞受賞建築家の妹島和世氏などを輩出してきた現行の家政学部住居学科を独立させ、2024年度から「建築デザイン学部」を目白キャンパスに新設する。このように、近年建築学科を工学部系統から独立させて専門の学部を新設する動きが流行している。先に挙げた3大学では、「デザイン」という言葉を学部名に入れているが、これはどういった意図があるのだろうか?

 

日本女子大学・百二十年館

日本女子大学・百二十年館

 

建築はデザインなのか、アートなのか


私が建築学科2年のとき、建築設計演習科目でのエスキス担当講師に次のような言葉を投げられた。

「建築はアートじゃないんだから、こんなの全然だめだよ。もっと周りの環境やここで空間を体験する人の気持ちを考えなさい」と。

たしか、図書館を設計する課題だったと思う。その時に設計した図書館は、4方を道路に囲まれた中規模の公園が敷地であった。敷地調査に行ったとき、交差点から反対側の交差点へとショートカットする歩行者が多数いて、人が通った後の線が無数に見えた。そういった特殊な人の集まり方に注目して、千葉学の著書『人の集まり方をデザインする(出版:王国社)』を読んだ。本の中で、かなり心を動かされた彫刻家ロバート・アーウィンの引用があった。

 

千葉学『人の集まり方をデザインする』

千葉学『人の集まり方をデザインする(王国社)』

http://chibamanabu.co.jp/publications/255/

 

―この話は、ランドスケープ・アーキテクトの三谷徹さんと「WEEKEND HOUSE ALLEY」についての対談をしていた時に教えてもらったことである。(中略)その話とは、彫刻家のロバート・アーウィンが、今日に至るまでの彫刻の歴史を、周辺環境との関係性という観点から4つに分類して認識している、というものである。その話はもちろん彫刻についてのものであったのだが、しかし僕には、彫刻という話以上に建築話としてリアリティがあったし、また僕がこれまで漠然と思い描いていた建築のあり方を、実に鮮やかに言語化しれくれることにもなったのである。その4つとは以下のものである。

 

1.site dominant

2.site adjusted

3.site spresific

4.site determined

 

site dominantとは、敷地のことを全く考慮していない作品。site adjustedは、敷地との間で何らかの調整がされたもの(駅前なら巨大に、家の庭なら小さく程度の調整)で、site spesificは、敷地のコンテクストから導かれた作品。そして、site adjustedは、敷地を決定づける作品のことである。

芝浦工業大学は、敷地のコンテクストを重視した設計プロセスを推奨するカリキュラムの組み方をしていて、site specificが絶対的と言っているかのような教育姿勢に満足できていなかった。千葉学氏はsite adjustedに最も魅力を感じたと著書で述べていたが、それは私も同様だった。

 

当時、site spesificな手法が叩き込まれていて、敷地の特徴である人の流れを形化するために『人の集まり方をデザインする』という本を読んだのに、本の中で最も感動したポイントがアートなことだったのだ。だから私は、敷地を決定づけるような(いわゆるシンボリックな)作品を自信満々に提出したのだが、優秀作品に選出されることはなかった。

 

講評会が終わったあと、担当ではなかった教授に「建築は芸術の一つではないのか?」と質問した。彼は建築学部の中心的人物であったが「芝浦工業大学にいる以上、その考えでやっていくのは大変だろうね。でも、僕は芸術でもあるし、デザインでもある。また、日本では工学の側面が強いからね。」と言っていた。彼の研究室は住宅設計の研究室だったが、そこに所属していた仲の良い先輩が篠原一男についての修士論文を書いた。篠原は「住宅は美しくなければいけない。」と、建築をアートだと考えるような言葉を残している。あの時の教授の返答は、篠原の影響を受けてのことだったのだろう。

 

そもそもアートとは、作家が表現したいことを絵画や立体表現・音や写真などで表現するものでり、反対にデザインとは、とある問題を解決するために計画・設計を行うことである。始めに挙げた3大学が「デザイン」という言葉を学部名に入れた理由は、「この大学では美大の建築学科のように、自己表現をするような作品は評価しないし、そのような手法は取り扱いませんよ」というメッセージなのかもしれない。つまり、多くの私大建築学科は「建築設計はデザインである」ということを強く主張しているのだ。

 

デザインを学ぶのに、なぜマーケティングの講義がないの?


大学3年の時から、グラフィックや家具のデザインの仕事を個人で請負うようになった。クライアントのほとんどは飲食店や個人で、建築やデザインのことを全く知らない人に向けて作品づくりをする初めての体験だった。学生の時から仕事としてデザインをやっていたのは今の活動や価値観に大きな影響を与えている。

 

デザインの仕事をお願いされたら、まずは「お店のコンセプト」「お店のターゲット」「客層」「価格帯」など、デザインに必要な情報をヒアリングすることから始まる。そして彼らはこんな風に言うのだ。

「そういうのは開業してから方向が決まっていくと思う。とりあえずかっこよくしてほしい!」

自由にデザインできるのは仕事が楽しくなるからありがたいことなのだが、デザインする過程でクライアントに「お客さんはこういったターゲットに絞るといいかもしれません」とか「こういったコンセプトなら、客単価を上げられそうですよ!」とか言ってしまうようになる。もうほとんどコンサルティングしているようなものだ。

 

学生のうちは専門家に向けて作品を作るが、社会に出ると専門知識が何もない人を相手に仕事をすることが多い。前述のような状況に陥って初めて、デザインを仕事にするならマーケティングも学んだほうが良いと思ったのだ。

 

芝浦工業大学では、マーケティング論を受講できる


芝浦工業大学の現学長、山田純氏はZ世代やその保護者世代の価値観・特徴の理解を深めて新たな広報戦略を検討してきた。2022年からは日テレの朝の情報番組『ZIP!』でレギュラー出演していたマーケティングアナリスト・原田曜平氏を教授に招聘し、当大学の学生は『消費者行動論』『マーケティング概論』『デジタルプレゼンテーション』などの授業を開講している。講義の中では、博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダー時代のノウハウを生かしながら、Z世代に刺さる広告映像や記事を作る演習的な活動がある。また、現代の第一線で活躍するマスメディア関係・広告業界のビッグネームによる講演もある。

 

 

演習活動の前の講義前半部分では、博報堂新入社員がトレーニングとして行うDeconstruction・通称デコンを体験する。デコンとは、ある広告を見て以下の項目(クリエイティブ・ブリーフという)を逆引き的に埋めていき、何を伝えたいのかを考えるものだ。

①ブランド・商品名

②ターゲット

③ターゲット・インサイト

④プロポジション

⑤プロポジションの根拠・戦略

⑥トーン・オブ・ボイス

このトレーニングの意義は、対競合戦略立案のためと、実践的戦略思考力を鍛えるためだ。クリエイティブ・ブリーフのなかで最も重要な項目が④のターゲット・インサイトと、⑤プロポジションである。

 

 

デザインでも重要。ターゲット・インサイトとプロポジションを考える。


消費者が抱えるニーズには、顕在ニーズ(NEEDS)と潜在ニーズ(INSIGHT)がある。顕在ニーズは、消費者自身が自覚している欲求のことで、商品開発をする人はみな知っている概念だろう。しかし、顕在ニーズがわかっても良い広告を作れない。そこで考える必要があるのが潜在ニーズ、すなわち「消費者も気づいていない欲求」だ。

プロポジションとは、「インサイトを考察して何を主張すべきか」ということである。これらの項目を埋めるときの注意点は、キャッチコピー的に短く簡潔な言葉で書くことだ。原田氏がうまい手法は、あらたな造語を作ってしまうこと。彼のインサイト考察は言わずもがなハイレベルで、「さとり世代」「マイルドヤンキー」「Z世代」などの流行語大賞に選ばれた造語を数多く作り出してきた。

 

以下の『キリンフリー』のコマーシャルのクリエイティブブリーフの一例を考えてみる。答えを見る前に広告を視聴してデコンを実際にやってみてほしい。

 

 

項目は埋まっただろうか。いかにクリエイティブ・ブリーフの一例を記載する。

 

①ブランド・商品名

→キリンフリー

②ターゲット

→ビールを我慢しないといけない人

③ターゲット・インサイト

→飲んではいけないときこそビールが飲みたい

④プロポジション

→飲めないシーンでも堂々と飲める。

⑤プロポジションの根拠・戦略

→絶対に酔わないという事実を伝える。

⑥トーン・オブ・ボイス

→爽快・楽しい・明るい

 

クリエイティブ・ブリーフを建築設計で応用すれば、「建築設計はデザインなのだ」と強く主張する昨今の建築学科の潮流に応えることができそうだ。特に、クライアントが建築の体験者である住宅の設計では、クリエイティブ・ブリーフが設計の手助けとなるだろう。

 

著:CURIOATE共同代表 曾原翔太郎