映画ブレードランナーに描かれる都市を建築学生の目線から考察

2023年11月18日

ブレードランナーポスター

はじめに

 


CURIOATEのVision

まずこの特集の目的は、建築学生による映画考察を通して建築を他分野と関連づけて考える際の手掛かりになること(上図Cから B)と、映画という分野から建築に興味を持ってもらうこと(上図AからB)である。

CURIOATEは、建築におけるアカデミック至上主義から一歩引いて他分野へ目を向けることに価値と可能性を見出しており、この特集では建築と映画を関連づけていく。建築における「出来事」を重要視していたバーナードチュミが『シネグラム』に基づく『マンハッタン・トランスクリプト』などで建築に映画的手法を取り入れていたように、筆者は建築と映画を結びつけて考察することが、造形の持つ意味や場に対する人の振る舞いを考える際の手掛かりになるのでは無いかと考えている。

また、この記事に記す考察については真偽を追求したものではなく、あくまで現役建築学生の感性から書かれたものとして捉えていただきたい。

『ブレードランナー』

語る都市・建築


今回取り上げる『ブレードランナー』は、舞台となる都市や建築が緻密に作り込まれている。そして、それらは単なる背景ではなく1人の登場人物と言える程、映画の世界観やストーリーを語っている。また、この映画で描かれた特徴的な未来像は、『AKIRA』や『GOHST IN THE SHELL/攻殻機動隊』など、その後のSF作品に描かれる都市に多大な影響を与えており、映画と建築について論ずる上で重要な作品であると言える。

本作品の都市・建築について考察するにあたり理解度を深めてもらうため、まず物語のあらすじや世界観について説明する。

あらすじ


ハリソン・フォード

舞台は2019年、酸性雨が降りしきる近未来のロサンゼルス。強靭な肉体と高い知能を併せ持ち、外見からは人間と見分けが付つかないアンドロイド「レプリカント 」の5体が、人間を殺して逃亡する。彼らを抹殺する特任捜査官「ブレードランナー」のデッカード(ハリソン・フォード)が、街に潜伏する彼らを追跡していく。

舞台


街の上空のシーン

舞台となる2019年のロサンゼルスは超高層ビルが密集するが、その世界観は近代的な建築に反して退廃的に描かれる。未来を感じさせる超高層建築の足元は、人口過密で異文化が入り混じり、日本語が聞こえてくるなど雑多な街が形成されている。常に雨が激しく降り、光が差さず昼夜がわからないため、建物の上層は闇に消え、ぼんやりとしたネオンだけが光る。

デザイナー シド・ミード


シド・ミード

この舞台はインダストリアルデザイナー シド・ミードのデザインによって一気にリアリティを持つ。世界観に直結する重要な要素である都市の外観や建築、室内インテリア、車両、また小道具に至るまで、これら全てのデザインはシドミードが担当している。「工業製品は、それが使用される状況や環境とセットでデザインされなければならない」という彼のポリシーに基づき、物語に直接描かれない道具にまで細かく設定されている。こういったリアリティを追求する姿勢が物語の世界観に緻密さを与えている。

撮影


ミニチュア

模型と原寸のセットを使った撮影により、作り手が見ている世界と鑑賞者が見ている世界が限りなく近い。そのため、CGが多用されている新作と比較すると世界観が近くに感じられるという良さがあった。

模型というと建築学科にも馴染み深いが、映画撮影にもミニチュアセットとして用いられる。1990年頃からCGが発達したため、近年は『ダークナイト』や『ファーストマン』など実写志向の映画以外ではあまり見られないが、『スターウォーズ』の旧三部作や日本の特撮など、かつては物理的経済的に実物大での撮影が困難な場合に行われた。

本作ではスピナー(空を飛ぶ車)や街などのミニチュアが用いられている。街のミニチュア

を用いた撮影では俯瞰からの画が一般的だが、本作ではビルの隙間を縫うような画が多く用いられる。

違和感で描く未来像


描かれる舞台には異文化が入り混じると前述したように、レプリカント,スピナー,街並みといった見てわかる未来的なもののみで未来像を描くのではなく、色々な文化をごちゃ混ぜにすることで陳腐な未来の世界観にならず異世界のような違和感が作り出されている。デッカードが人混みの中を歩いていくシーンでは日本語が聞こえてくるなど、視覚情報だけでなく聴覚も用いて世界観を作り出している。

考察

社会構造の写しのような都市


タイレル社 屋内

この映画に映る都市は混沌としているが、コントラストをはっきりさせている表現が多くみられる。

それは単なる光のコントラストに限らず、タイレル社の外観がメカニックなアールデコ調であるのに対して内観はバロック建築のような雰囲気で造られているし、サイバーパンク風の建物は近寄るとエントランス付近にクラシックな装飾主義的要素がみられる。また、暗くて退廃的な街に対して人々の装いが華やかであることや、水平方向のデザインにこだわっていたフランク・ロイド・ライトの建築(エニス邸)が垂直に立つ超高層ビルに組み込まれていることなども挙げられる。

これらはこの映画に登場する強者と弱者という二者のコントラストを映画全体を通して強調させ、鑑賞者に刷り込むために散りばめられた装置であると考えられる。何よりタイレル社の造形は権力の象徴ともいえるピラミッドの形をしている。寿命に抗えないレプリカントとその労働力に依存する人々に対して、レプリカントの創造主であるタイレル社を神格化させる表現である。

視覚効果による建築表現


タイレル社

タイレル社が映る際に俯瞰で全体を映さず、鳥瞰で見切れるように映されるが、これは鳥瞰であることで周囲の建物との規模感の比較が容易になり、見切れていることで画面に映りきらない部分の巨大さを想像させるという効果がある。建築権威的な造形にするだけでなく、より権威的に見えるような仕掛けが映像に施されており、このような視覚的効果を利用した手法は建築と映像の関係における醍醐味とも言えるだろう。特に映画『メトロポリス』(2001)において、無法地帯の地下街から地上の権力者の高層ビルを見上げるカットは、退廃的で混沌とした前景に対して背景は明るい青空が広がり、天の消失点に向かってビルが聳え立つという強烈な表現が用いられている。

情景が語ること


 

街のシーン

2019年のロサンゼルスは酸性雨が降り続け、空は雲に覆われており地上に光が届かないため、都市の輪郭がはっきりしない。都市の全体像を認識できない状態で展開する焦燥感のあるストーリーが、鑑賞者の不安を煽っていく。

街の鳥瞰が映るカットでは暗闇に人工的な光がたくさん浮かぶのだが、屋内のシーンは逆に窓から光芒が差し込んで部屋はずっと薄暗い。光があるのは窓の外、頭上の巨大モニター、過ぎ去っていく車などであり、近くにあるのに掴めない。薄暗く寂しい街の描き方と、その光すらぼんやりと撹拌させる雨が、レプリカントの生きる術のない儚さを体現しているようである。

まとめ


ブレードランナーに描かれる都市について、形式,視覚効果,情景という3つの視点から考察した。建築は物語を構成する重要な要素の一部となっているが、映像もまた建築の見え方に影響を与えることができる。このように、建築と他分野を結びつけて考えると、建築だけを学んでいては見えてこなかったことを発見できる。

CURIOATEは、建築におけるアカデミック至上主義から一歩引いて他分野へ目を向けることに価値と可能性を見出しているが、建築と他分野を結びつけて考える際の一歩目として、映画に描かれる建築や空間に意識を置きながら見てみるのはどうだろうか。

著:細田雅人

 

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