建築設計者のためのクラブイベントの教科書
2024年4月25日
はじめに
この記事は、建築設計者が最大限にクラブイベントを楽しむための前情報として読んでいただきたい。
筆者が初めてクラブイベントに行ったのは、大学1年の後半である。きっかけは、一緒に上京してきた高校時代の同級生に誘われて渋谷で飲み会を開催したことだった。多くのナイトクラブは未成年の立ち入りを禁止されるなか、当時未成年のわたしたちでも入場することができる箱はいくつか存在していた。今でも、ジュマンジやネバーランドといった若年層向けナイトクラブでは、18歳以上であれば入場することができる。(リストバンドの色によってアルコールの提供を判断している。)
ネバーランドは、「ネバラン風邪」という謎の流行病で一躍話題になった。
歌舞伎町では
歌舞伎で流行ってる謎の風邪
って言われてるやつ、
渋谷ではネバ風邪
(ネバーランドって渋谷のクラブで流行ってる風邪)って言われてるらしくて結局どこでも流行ってるやん
しらんけど
— あおくないよ@モチベupのプロ (@notblueman) August 1, 2022
大学の同級生でクラブに行ったことがある人はまだまだ少なかった。というか、そもそも朝から深夜まで製図室にこもって活動するような建築学生の特性上、学年が上がってもクラブイベントで遊ぶ人は稀有な存在と言えるだろう。
初めてクラブに行ったとき、なにか超えてはいけない一線を超えるような感情を持っていたのを今でも覚えている。店の前には路上喫煙をする若者たち。エントランスの前にはどんな手を使っても勝てなそうな屈強なセキュリティが立ちはだかっていた。
そして、どんな楽しい空間が待っているのかと思えば、それほど楽しくはなかった。なぜなら、空間が離散的、つまり一体感を感じなかったのだ。少しでも気を抜くと、露出が多めの女性が近づいてきて「一緒に乾杯しましょう!」と言いながらテキーラのショットを渡してくる。渡された瞬間にショット2杯分の2000円を払わなければならないのだ。
一体感を感じなかった理由は、空間内部にいる人々が向いている方向がみな異なっているようにみえたからだ。
ナンパに躍起になっている男たち。ナンパされてまんざらでもない顔をしている女たち。その様子を影から傍観している女性。(おそらく、友達に無理やり連れてきたのだろう)淡々と好きでもない音楽を鳴らしているDJ。ずさんな接客態度のバーテンダー。
これが初めてのクラブイベントだった。
クラブが楽しいと感じた瞬間
その後、クラブイベントは自発的に行くことはなかったのだが、友人が主催したイベントで初めて「楽しい」と感じることができたのである。
会場は道玄坂を登った上の方にある「翠月」という箱だった。それまで行ったことがある所謂「チャラ箱」とは異なり、美大生や服飾関係のハイセンスな人が多かった。ここで初めてDJのプレイを間近で見た。
決して知らない音楽でも、DJは何やらボタンをずっと触っている。見ていくうちに、ここを触ったら音が変わるのか、というような発見が多くあり、時間は瞬く間に溶けていった。
クラブイベントに対してマイナスイメージを持っている人は、おそらくこういった世界を知らない。「クラブって、ナンパする場所でしょ?」と思っている。翠月に行くまで私もそう思っていた。
クラブイベントで体験できることは、①非日常感を味わえること。②音楽を大きな音で聞けること。③DJが作り上げる空間の流れを体感できること。④その場に来たお客さんと交流できること。の4つだ。
DJイベントは建築設計と似ている
そして、大学を卒業するとひょんなことから私もDJをすることになった。DJを始めてからさらに多くの事に気づいた。
1つ目は、多くの魅力的なクラブイベントが「小箱」や「DJバー」と言われる100人に満たないキャパシティーで営業している箱で開催されていることだ。東京には100件を超える小箱が存在し、それぞれが独自のテイストでパーティーを開催している。それらの箱に共通しているのは、「一体感」である。実は、箱と契約している大箱のDJとは異なり、小箱で活躍するDJはみな昼間はサラリーマンだったりする。DJ自身もお客さんとなるため、ドリンクは自腹なのがほとんど。みんなでイベントを支え、見ている方向が同じであるのが小箱イベントの魅力だ。
2つ目は、DJによって箱の雰囲気が大きく変わることである。大箱のDJは、「◯月レコメンド」のようなプレイリストを渡され、60分のプレイのなかでそのプレイリストを再生しなければならないが、小箱のDJはオーガナイザーのジャンル指定の範囲内で100%恣意的に選曲する。ましてや、ジャンルが指定されていないオールミックスのイベントでは、DJによってジャンルが変わったり、DJひとりの中でもジャンルを変えたりする。このような事象は、後述する「雁行型イベント」や「蛇行型イベント」のように呼ぶことができる。
なにより面白いのは、オーガナイザーがDJをブッキングするが、そのDJが期待通りのプレイをしてくれるかわからない点である。箱内の雰囲気を作るのに、オーガナイザーから選ばれたDJたちにより綿密なコミュニケーションをとり、一つのイベントを作り上げるのだ。
このような小箱の事象は、建築設計とよく似ている。
設計者が施工業者を選出し、図面という手がかりのなかで施工業者は家を作り上げる。クラブイベントも建築設計も、ひとりでは最後まで成し遂げられない点と、トップの意向は完璧に反映されない点で一致している。
3つ目は、グラフィックデザイナーが多いことだ。なぜ多いのかは今でもわかっていないが、おそらく武蔵美の電音研に代表されるようなDJイベントを開催しているサークルが美大に多いのが一つの要因と考えられる。また、DJイベントを開催するにあたって「フライヤー」を作らなければならず、ここでデザイナーが関与する。グラフィックデザインとDJは切っても切り離せない関係性なのだ。
クラブイベントの3つの型
建築家・香山壽夫の著書『建築意匠講義』の第3回「部屋の集合について」では、
・中心型平面
・螺旋型
・格子型平面
・線形平面
の4種類が挙げられている。
クラブイベントは、この中でも4つめの「線形平面」に当てはまる。箱に訪れたオーディエンスはDJが流す音を聴くしかなく、通勤通学時間にヘッドホンで好きな音楽を再生するのとは違って選択肢をもたない。つまり、DJのかける音に従うしかないのである。
しかし、行動が制限される線形平面の建築が退屈なものではないのと同様に、聴く音の選択肢がないDJイベントにもそれなりの魅力がある。
東京大学大学院新領域創成科学研究科から、奥本卓也氏が出した修士論文『建築における線形性の可能性』では、先に上げた香山壽夫の著書をレファレンスのひとつとして、線形平面で設計された建築には、大きく分けて3種類の形態があると述べられている。
①直線型配置
②雁行型配置
③蛇行型配置
これにクラブイベントを当てはめると次のように考えられる。
①直線型配置
大箱のイベント。DJはオーガナイザーによるプレイリストを再生しなければならない。よって、「ハウス」「ヒップホップ」のようなジャンルが限定される。たとえば、渋谷の有名ヒップホップ箱「HARLEM」はこれにあたる。直線の両脇にいるオーディエンスは比較的自由に行動できるが、その視線は直線へは向いていない。これは、居室や庭に滞在する人が廊下を向かないのと同じである。しかし、オーディエンスは気軽に直線に近づくことができ、インクルーシブな状態といえる。
②雁行型配置
小箱のイベント。DJの鳴らすジャンルは、序盤から終盤にかけてグラデーション状に展開される。このような状態は、オーガナイザーのブッキングセンスと、出演DJの互いの配慮によって成り立っている。
たとえば、はじめは音の控えめなBPM80程度のソウルだったが、BPM90ほどのヒップホップを通じてBPM120後半のハウス・テクノへと推移する。DJはそれぞれ得意ジャンルがあるため、このようなパーティーが成り立つにはオーガナイザーと出演DJの間で相互理解が必要不可欠である。
また、雁行型配置の建築が異なる室の性質を強調する作用を見せるように、クラブイベントでもDJの違いを引き立てる。①のようなパーティーでは個人としてのDJは注目されない(オーディエンスのほとんどが、DJの名前を知らない)のに対して、②のようなパーティーではDJ個人の色が強調され、その後の交流につながる。(ナイスDJです!すごく好きだったのでインスタ教えてもらえますか?といったような会話が散見される。)
③蛇行型配置
小箱のイベント。オーガナイザーは出演DJの特性を理解しているにもかかわらず、あえてタイムテーブルはグラデーション状に組まない。DJどうしの配慮はそれほど求められないが、オーガナイザーのマネジメント能力が高度だといえる。ジャンルをカオスに織り交ぜることによってオーディエンスを飽きさせることがない。バック・トゥ・バック(DJが1曲ずつかけて交代すること)の長時間バージョンとも言えるだろう。
蛇行型配置の建築が、線の凹部に人が滞留する作用を持つように、蛇行型のクラブイベントでは、音が蛇行した時間帯にあらたな音楽ジャンルに触れる機会が強制的に与えられる。例えば、HIPHOP→ROCK→HIPHOPのように大きく離れたジャンルで蛇行した場合、ROCKの時間帯にはHIPHOPファンとROCKファンが滞在する。HIPHOPファンは、ROCKが終わったあとにHIPHOPDJが来るタイムテーブルだと知っていた場合、その場を離れずにROCKを聴こうとする。
建築的に読み解けば、新たな発見がある。
このように、クラブイベントは建築的に解けばさまざまな解釈ができる。今回は、線形平面配置のクラブイベントについて述べたが、DJブースが複数ある大箱やフェスなどでは格子型配置になったり、レコード鑑賞会のような中心型平面配置になったりする。ただ音楽を聴きに行くだけでなく、実際の体験を自らの制作に結びつける機会のひとつとして、クラブイベントに参加してみてはどうだろうか?
文:曾原翔太郎